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TOKYO BUCKET LIST. 都市の愉しみ方 お菓子から建築、アートまで歩いて探す愉しみいろいろ。

第48回:民藝の100年、今に生きる民藝

Profile
関 直子 Naoko Seki
東京育ち、東京在住。武蔵野美術大学卒業後、女性誌編集者を経てその後編集長を務める。現在は気になる建築やアート、展覧会などがあると国内外を問わず出かけることにしている。


「民藝」という概念が生まれて、約100年が経とうとしているという。
1920年代の日本は近代化が進み、昔ながらの手仕事によって生み出された道具が姿を消しつつあった。その土地の風土や人々の暮らしに寄り添う日常の生活道具の中に「美術」とは異なる手仕事の美しさを見出した柳宗悦は、国内外の「民衆的工藝=民藝」を集めて展覧会を行い、雑誌を発行してその考えを広め、日本各地のつくり手たちと共にそれらを売る仕組みを整えた。
民藝によって人々の生活と社会を美的に変革しようという試みは実践となり、各地の賛同者の力も結集しその精神は受け継がれてきた。

「民藝の100年」ポスター
ポスタービジュアル (《羽広鉄瓶》 羽前山形 (山形県) 1934年頃 日本民藝館)
東京国立近代美術館
写真:筆者提供

今、東京・竹橋の「東京国立近代美術館」で柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」が開催されていて、民藝運動の構造を示した「民藝樹」という図をはじめて見た。
『月刊民藝』の創刊号(1939年発行)から掲げられている図だそうだ。 
これは、民藝運動を実践させるための三本の柱、「美術館・出版・流通」を明示したもので、「美術館」は工芸品の蒐集展示を行う「日本民藝館」、「出版」は機関誌『工藝』『月刊民藝』、その他の書籍を編集・発行する「日本民藝協会」、「流通」は個人作家や全国の民藝品を販売する「たくみ工藝店」を表している。

民藝の樹
展示パネル:民藝樹 『月刊民藝』創刊号 1939年4月 より 写真:筆者提供

この展覧会を開催している東京国立近代美術館は、開館まもない1958年に柳宗悦から痛烈な批判を受けたことがあったという。
美術館の名称自体が標榜している「国立」「近代」「美術」は、「在野」「非近代」「工藝」を主軸とする民藝館の在り方と対立するものだと指摘したのだ。

それから60年あまりが経ち、柳から受けた指摘を美術館としてどう答えるかが、この展覧会の趣旨のひとつだったという。
近代100年の中に民藝を社会的運動として位置付ける試みとしてこの展覧会は構成され、第1章の1910年代~1920年代初頭の「『民藝』前夜─あつめる、つなぐ」から、1950年代~1970年代の第6章「戦後をデザインする─衣食住から景観保存まで」の6つの章立てに分けて450点を超える作品と資料を展示している。

第1章では柳が『白樺』同人時代にロダンから贈られたブロンズ像と、そのロダン彫刻に魅かれて訪ねてきた朝鮮在住の浅川伯教が持参した朝鮮の壺が並んでいた。

彫刻と壺
左)オーギュスト・ロダン《ある小さき影》1885年 大原美術館(白樺美術館より永久寄託) 写真:筆者提供 右)浅川伯教が柳邸をを訪ねた際、土産に持参した朝鮮の壺「染付秋草文面取壺」。《染付秋草文面取壺》(瓢形瓶(ひょうけいへい)部分) 朝鮮半島 朝鮮時代 18世紀前半 日本民藝館

第2章は、民藝運動の推進力となった国内外の「旅」によって発見した、世界各地の工芸の数々が一堂に会する。
目を惹くのは浅川伯教との出会いで朝鮮陶磁器の美に目覚めた柳が、「朝鮮民族美術館」 設立を計画し開催した「李朝陶磁器展覧会」(1922年)で披露された李朝の壺3点。
浅川伯教旧蔵の朝鮮陶磁のコレクションを多く所蔵している「大阪市立東洋陶磁美術館」は2011年に特別展「浅川巧生誕百二十年記念 浅川伯教・巧 兄弟の心と眼─朝鮮時代の美─」を開催したが、李朝のこの壺3点がこのように当時と同じ配置で展示されるのは約100年ぶりだという。

壺
左から《鉄砂虎鷺文壺》 朝鮮半島 朝鮮時代 17世紀後半 大阪市立東洋陶磁美術館(住友グループ寄贈・安宅コレクション)、《染付辰砂蓮花文壺》 朝鮮半島 朝鮮時代 18世紀後半 大阪市立東洋陶磁美術館 (安宅英一氏寄贈)、《染付鉄砂葡萄栗鼠文壺》 朝鮮半島 朝鮮時代 17世紀末期~18世紀初期 日本民藝館
壺の写真
1922年にソウルの朝鮮貴族会館で開かれた李朝陶磁器展覧会。中央が柳宗悦、左端が浅川伯教。

ウィンザーチェアの展示もある。
1929年に柳と濱田庄司は欧米を旅した折、イギリスで300点ものウィンザーチェアを買い付けた。それらを銀座の「鳩居堂」で展示販売し、イギリスの椅子文化を日本に紹介しつつそれらを取り入れた生活スタイルも提案したそうだ。
2017年に日本民藝館で開催された「ウィンザーチェア─日本人が愛した英国の椅子」展も充実していたが、民藝館では展示だけでなくいくつかは実際に腰掛けることもできる椅子もあった。

ウィンザーチェア
左)《ボウバック・アームチェア スプラットタイプ》 イギリス 19 世紀 日本民藝館 右)左2点《ボウバック・アームチェア スプラットタイプ》(イギリス 19世記)、右から2番目《スクロールバック・アームチェア 子供用》(イギリス・バッキンガム州ハイウィッカム地方 19世紀)、右《ラダーバック・ロッキング・アームチェア 子供用》(イギリス 19世紀)すべて日本民芸館 写真:筆者提供
「民藝の100年展」展示風景
表紙に《染付羊歯文平猪口》を配した「日本民藝美術館設立趣意書」と「かかる一群のものが、此美術館に於吾々の蒐集しようとする作である」の文章に添えられた図版。
馬の目の角皿は江戸時代・19世紀の瀬戸でつくられたもの。

第3章は民家や民俗学的研究、第4章は雑誌『工藝』や展覧会の展示方法によってなされた美の本質に迫るための「編集」を見せる構成になっている。

雑誌『工藝』
左)柳宗悦の書斎の拭漆の仕事机(1930年 黒田辰秋作)とアンティークの獅子飾付椅子(19世紀 アメリカ)。いずれも日本民藝館 写真:筆者提供 右)雑誌『工藝』第 1 号-第 3 号 1931 年(型染・装幀 芹沢銈介) 写真提供:日本民藝館
「民藝の100年展」展示風景
江戸時代の網目文の革羽織と網目文のうつわ。いずれも日本民藝館 右)日本民藝協会編『民藝図鑑』に掲載された挿画は革羽織の網目文だけのクローズアップの部分図として掲載。柳の眼が何を美しいと感じ、どこを切り取って提示したかがわかる一例。 写真:筆者提供
「民藝の100年展」展示風景
日本民藝館協会編『民藝図鑑』第2巻(宝文社、1961年) 東京国立近代美術館 写真:筆者提供
「民藝の100年展」展示風景
江戸時代後期の馬の目皿(左)と河井寬次郎作の海鼠釉渦文皿(右)。いずれも日本民藝館  写真:筆者提供
柳宗悦
ホームスパンを着る柳宗悦 日本民藝館にて 1948年2月 写真提供:日本民藝館
「民藝の100年」展示風景
左)吉田璋也着用の三揃いのツイードスーツ。吉田は柳宗悦から贈られたイギリスのホームスパンの毛糸のネクタイを手本に「ににぐり糸(屑繭で紡いだ糸)」で織ったネクタイを考案、たくみ工藝店の人気商品となった。背後の写真は開店当時(1933年)のたくみ工藝店の様子。ににぐりネクタイがずらりと並んでいる。右)柳はスコットランド・アイルランド原産の手紡ぎ・手織りの毛織物、ホームスパンを愛用した。柳からホームスパンを見せられた及川全三は郷里の岩手で草木染めのホームスパンの生産に着手、これは柳が着用した及川作のホームスパンのジャケット。 写真:筆者提供

第5章の圧巻は、《日本民藝地図(現在之日本民藝)》。6曲1双、4曲1隻の並べると13メートルを超える屏風の一揃いだ。
これは1941年日本民藝館で開催された「日本現在民藝品展」のために芹沢銈介に依頼したものだ。江戸時代に製作された民藝の「古作」の蒐集からはじまった民藝運動はやがて現存し当時も流通していた「現行品」の全国的な調査へと向かい、それらの調査の集大成として製作されたのがこの屏風だったという。“手仕事の保存と育成と産業化”という目標に向かって活動を進化させてきた成果が一目瞭然だ。

日本民藝地図
《日本民藝地図(現在之日本民藝)》(1941年 芹沢銈介作 日本民藝館) 写真:筆者提供
羽広鉄瓶
展覧会のポスターにもなった羽前山形(山形県)の《羽広鉄瓶》。
《羽広(はびろ)鉄瓶》 羽前山形 (山形県) 1934 年頃 日本民藝館

第6章は敗戦後の日本の中で、民藝が担った国際文化交流や食文化に及ぼしたデザインの数々、鳥取の民藝運動家の医師・吉田璋也による鳥取砂丘の景観保存、自然保護活動にも言及していて見応えがある。

芹沢銈介がデザインした看板と軒行、ポスター
左)飲食店「ZAKURO」の看板と軒行。右)民藝でトータルにデザインされた食空間の日本料理店紹介ポスター。いずれもデザインは染色家の芹沢銈介。 写真:筆者提供
芹沢銈介がデザインしたアサヒビールの包装紙試作
アサヒビールの包装紙試作(1962年頃)。デザイン:芹沢銈介 東北福祉大学 芹沢銈介美術工芸館
器
11月7日までポップアップ・ストアとして展覧会の特設ショップに開店していた「諸国民藝 銀座たくみ」。12月7日から19日までは岡山の「くらしのギャラリー本店」、1月12日から23日までは鎌倉の「もやい工藝」が出店する。 写真:筆者提供

展覧会特設ショップには「D&DEPARTMENT」と、全国の民藝を扱う4店舗が2週間ごとにポップアップ・ショップを出店している。
11月7日までは「諸国民藝 銀座たくみ」が出店していたので、展覧会で気になった「馬の目皿」を迷わず購入した。これは300年続く瀬戸本業窯で焼かれたもの。
馬の目皿は、江戸後期(19世紀初頭)に庶民の日用雑器として瀬戸本業窯のある洞地区を中心に焼かれ明治初期に廃れてしまったが、民藝運動によって再び脚光を浴びることになり今も生産されているうつわだ。

「民藝の100年」を見てしばらくした頃、吉祥寺の雑貨店「CINQ HOME」で「サンクの民芸展」が11月13日~15日までの3日間開催された。

サンクの民芸展
サンクの民芸展
上段左)マグカップ(マチェルニー・ポタリー) 上段中)「少年民藝館」 上段右)ベーキングディッシュ(マチェルニー・ポタリー) 中段左)ジャグ(リチャード・バッターハム) 中段中)藁飾り 祝結び(たくぼ) 中段右) 蓋付き壺(リチャード・バッターハム) 下段左) 藁飾り卵つと(たくぼ) 下段中)クリーマー(マチェルニー・ポタリー) 下段右)「HOW TO WRAP FIVE EGGS」の“卵つと”のページ 写真提供:CINQ
サンクの民芸展
古いメキシコの伝統椅子エキパルと現代も織られているメキシコ・オアハカの草木染めラグ。右の藁靴や籠は日本のもの。フィンランド・サーミ族のトナカイの毛皮の靴、台湾の刷毛箒など。写真提供:CINQ
サンクの民芸展
イギリスの子ども用椅子、スウェーデンの剪定鋏、スペインバスクの籠、デンマークの球根栽培用の花瓶など、地域もつくられた時代も様々だが、保里さんならではの基準で選ばれてきただけあって釣り合いが取れた佇まい。 写真提供:CINQ
サンクの民芸展
左)壁にかけられたフィンランドの平たい籠いろいろ、スウェーデンの持ち手のある蓋付き籠はきのこ狩り用。 中)日本の蓋付き籠、後はアフリカの籠、革の吊り紐付きフランスの籠。右)壁の籠はイタリア、イギリスのガーデン・トラッグの小さなのもの。 写真:筆者提供
サンクの民芸展
写真右の手前はポルトガルのい草のマット、スウェーデンのバターナイフやカッティング・ボード、エストニアの蓋付きボックスなど。 写真:筆者提供

今年逝去した二人の作家バーナード・リーチの孫ジョン・リーチが開いたマチェルニー・ポタリーのストーンウェアや、リーチ・ポタリーゆかりの陶芸家リチャード・バッターハムのうつわが並んだ。
http://cinq.tokyo.jp/20211106-2/

これらと共に展示されているのはサンクのオーナーの保里享子さんがヨーロッパや北欧で長い年月をかけて集めた籠や工芸品の数々だ。
それらは非売品だが購入可能なポルトガルのい草のマット、スウェーデン・ダーラナ地方の白樺のカッティングボード、エストニアの薄く剥いだパイン材を編んだ蓋付きボックスも並んでいる。そこに宮崎県高千穂のわら細工「たくぼ」の祝結びのお飾り、岡秀行の名著『包』でも大きく取り上げられた藁で編み上げた卵つとなど、保里さんが職人にオーダーしてつくられたものも加わり、豊かな空間を構成していた。

彼女の蔵書もなかなか素敵だ。
柳宗悦の『茶と美』、外村吉之介の『少年民藝館』『ウインザーチェア大全』、福田里香の『民芸お菓子』、『北欧・トナカイ遊牧民の工芸』に『利休のかたち』……。 卵の藁苞が表紙になった『包』の英語バージョンで、ジョージ・ネルソンが序文を書いていることでも有名な1967年に刊行された『HOW TO WRAP FIVE EGGS』の復刻版を購入。

HOW TO WRAP FIVE EGGS

近代から現代に移行する中で失われかけた美しい手仕事が生産され続けるにはどうしたらいいか。
民藝運動はその価値や美の基準を明確にし、価値観を伝えるために展覧会や出版に力を入れた。
その上で必要不可欠なのは、生産者に発注し買い付けユーザーに手渡すという「購買」を担う店がなくてはならないということだ。
民藝に共感する人は今でも増え続けていると思う。保里さんが発注し新しく編み上げられた卵の藁苞や、世界で見つけ出した工芸品を手に取ってそう確信した。

卵の藁苞

<関連情報>

□柳宗悦没後60年記念展「民藝の100年」
https://mingei100.jp
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー、2Fギャラリー4
会期:2021年10月26日(火)~ 2022年2月13日(日)※会期中一部展示替えあり
休館日:月曜日[ただし2022年1月10日(月・祝)は開館]、年末年始[12月28日(火)~ 2022年1月1日(土・祝)]、1月11日(火)
開館時間:10:00~17:00(金・土曜は10:00~20:00)
*入館は閉館30分前まで

□大阪市立東洋陶磁美術館
https://www.moco.or.jp/about/history/
https://www.moco.or.jp/exhibition/past/?e=188

□日本民藝館
https://mingeikan.or.jp

□諸国民藝 銀座たくみ
http://www.ginza-takumi.co.jp

□D&DEPARTMENT
https://www.d-department.com

□CINQ 5
http://cinq.tokyo.jp

□岡秀行『包』
https://liebbooks.stores.jp/items/5b614012a6e6ee184e002741

岡秀行『包』

□『HOW TO WRAP FIVE EGGS: Traditional Japanese Packaging』
https://nostos.jp/archives/237217

□柳宗悦『茶と美』(春秋社 刊)
https://www.kosho.or.jp/products/detail.php?product_id=254025711&gclid=Cj0KCQiA7oyNBhDiARIsADtGRZbN_2lncVc228cC9rFYYNpkUvcsXnbtWOef7hJ3J9Ma6IHDroxnP3UaAke4EALw_wcB

□外村吉之介「少年民藝館」(筑摩書房 刊)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480857965/

□「ウインザーチェア大全」(誠文堂新光社 刊)
https://www.seibundo-shinkosha.net/book/art/19165/

ウインザーチェア大全

□福田里香『民芸お菓子』(ディスカバージャパン 刊)
https://shop.discoverjapan-web.com/products/mingeiokashi

□「北欧・トナカイ遊牧民の工芸」(日本民藝館 刊)
https://nostos.jp/archives/186499
https://tamatsubaki.net/?pid=102144330

□『利休のかたち』(淡交社刊)
https://www.book.tankosha.co.jp/shopdetail/000000001086/


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2021/12/10

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