手仕事のぬくもりを感じる独特の世界観で
多くのファンを持つブランド「pot and tea」。
かわいらしさの中にも、何か一つの“芯”を感じさせる松井さんの仕事。
今年デビュー6年目。
今も変わらぬものづくりへの思いを伺った。
写真:HAL KUZUYA 聞き手・文・編集:落合真林子(OIL MAGAZINE / CLASKA)
Profile
松井翠(まつい・みどり)
神奈川県在住。pot and tea のオーナーデザイナー。家庭科の講師、アパレルメーカーのパタンナー職を経て、2013年より pot and tea をはじめる。クラフトの雰囲気を感じられる洋服や布バッグの新作を半年に一度、展示会で発表。著書に『ミシンときどき手仕事の、楽しいワンピース』(文化出版局)がある。
http://potandtea.net/ Instagram:@potteapot
はじまりは「レモンバッグ」から
とても日当たりのいい部屋ですね。リビングのすぐ横にアトリエが。和室だからでしょうか、なんだか子どもの頃の自分の部屋を思い出しました。
- 松井さん(以下敬称略):
- そうかもしれないですね(笑)。たまに、「仕事と暮らしが同じ空間って大変だったりしないんですか?」と聞かれるんですけど、私自身としてはごく自然なことで。小さな頃からずっと、自分がつくりたいものを自分の部屋でかたちにしてきたので……今も、その延長線上というか。
pot and tea の世界観そのもの、という感じのアトリエですね。ブランドを立ち上げて、今年で6年目になるそうですが、もとはアパレル会社勤務でパタンナー(ファッションデザイナーが作成したデザイン画をもとに、型紙をつくる仕事)をされていたとか。将来的に自身のブランドを立ち上げたいという気持ちは最初からあったのでしょうか?
- 松井:
- デザイナー希望での就職だったのですが、配属はパタンナーでした。会社に入った時点では、パタンナーとしての技術や知識はほぼ無いに等しい状態だったのでとても勉強になったのですが、「いつかは独立して、自分がつくりたいものをつくりたい」という気持ちは、最初からありましたね。丸3年働いて、その後独立しました。
2013年のデビュー展示の時に発表したアイテムの一つが、CLASKA Gallery & Shop "DO" でも人気商品となっている「レモンバッグ」だそうですね。最初にバッグからスタートした理由は何だったのでしょうか?
- 松井:
- 「自分の手で、ミシンで縫ってつくる」ということが大前提だったんです。洋服って……つくるのにお金がかかるんですね。生地とか縫製とかロットの問題もあるので、最初から工場に依頼して大量に、というわけにはいかなくて。短時間で小ロットからつくれて、値段的にも手に取ってもらいやすいアイテムはなんだろう? そんなことを考えたら、自然にバッグという流れになったんです。
個人的に、このレモンバッグは pot and tea のアイコン的存在だと思っています。6年経った今でも、変わらずつくり続けてらっしゃいますね。食べ物のモチーフと手書き文字の刺繍が入っているデザインは、“ブランドらしさ”を語るひとつのスタイルになって。最初の展示会の時には、他にどのようなアイテムが並んだのでしょうか?
- 松井:
- ほとんどが小物でしたね。オーナメント的なものとか、その時思いついたものを色々と。ブランドをはじめてから2年くらいは、フルタイムでアルバイトしながら空いた時間で制作をしていました。「バイヤーさんを呼んで、しっかり受注をとって……」というスタートではなかったので、今後どのようなスタンスでやっていこうかと、土台を固めるような思いで臨んだのを覚えています。
つくりたいもの、求められるもの
今現在は、商品制作の工程の大部分を工場に依頼されているそうですね。松井さん自身が手を動かす部分としては、デザイン、パターン、トワル(サンプル制作)ということなのですが、これをすべて一人でやるって、すごいことですよね。一般的なアパレルメーカーだと、デザイナーとパタンナーは分業が当たり前だと思うのですが。
- 松井:
- そこが自分の強みなのかな、と思っています。先ほどお話した、パタンナーに配属された……という一件は、正直、不本意な展開だったんですね(笑)。でも今、その経験がものすごく生きていて。自分にとってはパターンもデザインの一部というか、「こういうかたちにしたい」と思った時に、自分の手でミリ単位で調整できる。これはとてもありがたいことだな、と。
でもその一方で、ご自身ですべてできてしまうがゆえの大変さもあったりするんですか?
- 松井:
- ありますあります! 自分では「いい!」と思っても全然売れないとか(笑)。他人の目が入って、客観的な意見をもらうということも大切だなと、つくづく思います。
最初は主に小物関係からスタートされて、だんだんとスカートやシャツ、パンツなど、アパレル商品の数も増えてきましたね。制作に至る動機というか、ものづくりの背景は小物も洋服も共通しているのでしょうか?
- 松井:
- どの商品も「こういうものがあったらかわいいな」という気持ちからスタートする、という意味では共通していますね。洋服でのヒット作第1号になった「釦たくさんブラウス」も、「ボタンがずらっと並んでいる感じって、かわいい」という感覚から生まれました。この商品は、ブランドを継続していく上でひとつの転機になった一着でもあります。
具体的にいうと?
- 松井:
- それまでのヒット作は手作りの布バッグが主だったということ、それから出来上がった時に「自分の思い描いたものができたな」と思ったものの、まさかここまでたくさんの方に支持いただけるとは思っていなかった、ということもあります。あとは……それまで「すごく売れる」ということを経験したことが無かったことも大きいですね(笑)。縫製を工場に依頼するなど生産体制にも変化が出て、ブランドの規模が大きくなっていくきっかけとなったアイテムでした。
それまで pot and tea の世界観を好きでいてくれた方とは違う層の方にも響いた、ということなんでしょうか。
- 松井:
- 直営店を持っていないので、全国各地のさまざまなショップでポップアップ店舗を展開させていただくのですが、このブラウスは通りすがりの方にも「これ、いいですね」と、試着や購入をしていただけることが多くて。年齢とか体型とか、ファッションのジャンルを超える力がある商品なんだな、と嬉しい発見でした。
つくり続けることへの覚悟
同じ「かわいい」が出発点でも、そういう新鮮な反応や広がりがあるというのは面白いですね。今日松井さんが履かれている「シンプルワイドパンツ」も、「釦たくさんブラウス」と同じ立ち位置の商品でしょうか。
- 松井:
- そうですね。このパンツをつくったことで、機能性やディティールにこだわったプロダクトやアイデア商品を生み出すということに対しても、面白さを感じている自分自身に気が付きました。それまでは主に、ブランドのテーマでもある「クラフト感とユーモア感」を前面に出した商品をつくっていたのですが、この商品がきっかけとなって「凝った作品」と「シンプルだけどありそうで無い商品」というブランドを支える2本の大きな柱を据えることができたんです。
はっきりとした指針があると、「経営・運営」という面からみても視界がクリアーになりそうですね。ブランドとしてどう発展させていくか、という設計図が描きやすくなるというか。
- 松井:
- そうなんです。いち主婦が趣味でやっているものではなくて、きちんとブランドとして食べていけるようになりたいと思っていました。6年前にスタートした時から、それは大きなひとつの目標だったので……。
今の時代は、どのようなジャンルにおいても個人が気軽に「商店」を持てる環境ですよね。でも、どっちが良い・悪いの話ではなく「趣味」と「仕事」って絶対的に違うものだなと思います。つくり手としての覚悟のようなものって、商品に滲み出ますよね。
- 松井:
- そう思います。ものをつくり続けるためには、ある程度「商売である」ということも意識しなくてはいけません。はじめたばかりの頃は、正直自分のつくりたい思いに任せてつくっていたところもあるんですけど、実際に反響があった時に「どういう仕組みがあれば、これを継続してお客さまに届けることができるか?」ということに、責任をもって向き合うことも必要になってきます。そういうことを考えるのも、結構好きで。
なるほど。実は、今日お会いするまでは「かわいらしさ」や「クラフト感」こそが、pot and tea というブランドの魅力を紐解くためのキーワードだと思っていたんですけど、どうやらそれだけでは無さそうですね。
- 松井:
- あはは(笑)。
今年、ブランドを法人化されたとのことで、松井さんはデザイナーであると同時に経営者でもあると。「つくりたい」という気持ちと、現実的にならなければいけない部分とのバランスは、どうやってとっていますか?
- 松井:
- 一番大事にしているのは、「自分もお客さんもわくわくするような夢のあるものをつくる」ということと、「つくりたい」という気持ち。それと同時にブランドとして続けていくために、たとえば「このデザインアイデアは、オブジェじゃなくて布バッグに落とし込もう」とか、求められるものをちゃんと見極めることは意識していますね。
いままでも、これからも自分らしく
突然ですが、「流行」って意識しますか? 松井さんのつくるものは、いい意味で時代性を感じさせないものである印象があります。でも数あるものづくりの中で、特に洋服は時代性があるかどうかが商品の売れ行きを後押しする部分も多いと思うんですね。そのあたりは、どうお考えになっていますか?
- 松井:
- 「平成じゃなくて昭和かな……?」という感じの、ちょっとレトロで笑っちゃうような雰囲気は、自分のブランドの個性のひとつだと思っています。そういう空気を纏ったものは今流行りの店にはまず売っていないでしょうから、そこは貫いていますね。いつの時代も、こういう雰囲気のものが好きな人は必ずいるはず。でも、これが強みだと自信を持てるようになったのは、ここ2、3年の話です。はじめの数年は“これで正しいんだろうか?”と悩むこともありました。でも、そういう自分の気持ちを信じてつくり続けてきた、という感じですね。
今は、ほとんどの商品の縫製を工場に依頼されているとのことですが、ブランドの象徴でもあるレモンバッグ(小サイズ)に施されている手刺繍は、福祉作業所に依頼しているそうですね。
- 松井:
- はい。ブランドのネームタグもそうですね。学生時代にお世話になっていた先生にたまたまご紹介いただいたのですが、もともと福祉作業所のものづくりに興味がありました。全自動の機械の工場ではできない技術なんですよ。下絵は同じですが、一つひとつ違う。一点ものです。
大きすぎない規模感のブランドだからこその、贅沢で意義のある取り組みですね。
- 松井:
- ファストファッションの背景にある過酷な労働環境に関する記事を読んだりすると、だれかを悲しませてまでかわいいものをつくりたくない、って思います。制作を工場に依頼するにしても、極力意義のあるお金の使い方ができればと思いますし、仕事を通してだれかの役に立てるなんで、すごく幸せなことですよね。
ものをつくるって、社会と関わることでもありますものね。
- 松井:
- 会社員時代に経験した、数字を管理したり、外部の工場に依頼したり交渉したり……ということが、すべて今に生きています。当時付き合いがあったいくつかの工場には独立後もお世話になっていますし、頑張って売れるものをデザインして、たくさんお仕事を発注できるといいなと思っています。
素晴らしい考え方ですね。変な意味ではなくて……松井さん、真面目な方ですよね。
- 松井:
- A型だからでしょうか(笑)。いろいろ苦労したり「なんだかなぁ」と思ったこともありましたけど、無駄なことってなかったんだなって。これからも、自分らしく頑張るだけですね。そうだ、私、さくらももこさんの漫画『ちびまるこちゃん』が大好きなんですよ。「自分らしくあっていいんだ」という考え方や人生観は、ちびまるこちゃんに教えてもらったと思っています。
懐かしいですね。『ちびまるこちゃん』がはじまった当時、恋愛ものが主だった少女漫画界の主人公としては、かなり異色の存在でしたよね。
- 松井:
- そうなんです。優等生だからいい、とか、美人だからすごいとかじゃなくて、「自分らしさ」を大切にすることが何より大切だし、生きるパワーになるんだと。なんか、突然漫画の話になっちゃいましたけど(笑)。
自分らしくある。「つくる人」として松井さんが大切にしていること、という理解でよろしいでしょうか。
- 松井:
- そうですね。わくわくした気持ちで仕事をして、“ハッピー感”のようなものがより多くの人に伝わるように、これからも精進していきます。
<CLASKA ONLINE SHOP で購入できる定番商品>
インタビュー記事内でご紹介した「レモンバッグ」や「釦たくさんブラウス」「シンプルワイドパンツ」の他にも、以下の商品を扱っています。